生まれ育ったふるさとの側でマルチな働き方をしながら豊かな自然を堪能 帽子山 猛さん

生まれ育ったふるさとの側でマルチな働き方をしながら豊かな自然を堪能

2025年取材

プロフィール
帽子山 猛さん 出身 / 石川県 職業 /

地震をきっかけに募った、故郷への想い

 高校まで七尾市で暮らし、その後は大阪で介護福祉の仕事に従事していた帽子山さん。10年前にお母様が他界された後は滋賀県に移住され、甲賀市の自然公園で子どもたちと農業体験をしていた。当時、仕事に対する思いに加え住まいの更新時期が重なったことをきっかけに移住を検討。ちょうど、職場に来ていた地域おこし協力隊の方から『南砺ひととみらい協同組合』でマルチワークができることを聞き、自身でも調べて情報を集めていった。
 「本当はやっぱり、移住は地元である石川県で検討していました。だけど地震の影響が色濃くて、すぐに移住できる状況ではなくて。」と帽子山さん。滋賀での仕事・住まいの変化のことだけではなく、令和6年の元旦に発生した能登半島地震もまた、帽子山さんが故郷へ帰ろうと思ったきっかけになったという。「地元の友達の家が倒壊したり、身近な人が被害に遭っているので、少しでも助けになれるように近くに行きたいと思って。南砺市は一昨年前に移住体験で一度訪れたことがあり、地元から近い点が魅力だと感じました。」その想いのもと、単身で南砺市への移住を敢行した。

マルチワークで南砺市を多面的に体験

 現在は『南砺ひととみらい協同組合』に所属。春夏秋は主に農家の野菜の収穫や田植えの手伝いなどの農業に従事し、冬はスキー場などに派遣され、マルチに働いている。
 「いろんな仕事ができるので、仕事を通して南砺を満喫させてもらってます。」と語る帽子山さん。改めて南砺の魅力を聞いたところ、水について言及があった。
 「水がおいしいのと、量も豊富。側溝にもいつでも流れていて、田んぼの時期にも足りている。滋賀では池が水源なので水の取り合いになることもあった。」また、同じ市内でも、例えば井波は彫刻関係の店が多かったり、福光は昭和レトロな商店街があったりと、地域ごとに違った表情が楽しめることにも魅力を感じているという。
 今後は、自分の好きな農業にもっと携わりながら、干し柿作りにも挑戦したいと、夢を膨らませている。